「記録の入力が終わらず、勤務時間のあとに残って書いている」「電話や窓口で、毎日同じ案内を繰り返している」「請求の前に、記載漏れの確認を特定の担当者が抱えている」——病院・クリニック・介護事業所の運営で、よく聞く悩みです。
結論から言うと、医療・介護事業の生成AI活用は、診断や治療・ケアの方針の判断ではなく、記録・問い合わせ・申し送り・請求前の点検といった「事務と記録」を読み、探し、整える業務から始めるのが現実的です。 そのうえで、診断、治療やケアの方針、本人への説明と同意は、資格を持つ専門職が持ちます。医療・介護は、専門職が本人と向き合う時間を確保することが大切な現場です。その時間を奪っている事務を軽くすることに、AIの出番があります。
この記事では、医療・介護事業で生成AIが向く領域、7つのユースケース、AIに任せてはいけない判断、患者・利用者の情報の守り方、工数の試算、小さく始める進め方を解説します。弊社(株式会社 DeploAI)は、FDE(Forward Deployed Engineer/フォワードデプロイドエンジニア)として、AI導入を現場に入り込んで実装から成果まで伴走しています。顧客対応の視点はカスタマーサポート(CS)のAI活用、手順書・マニュアルの整備はマニュアル・手順書作成のAI活用、同じ「現場を持つ業種」の整理は建設業・物流業・不動産業もご覧ください。
医療・介護事業の生成AI活用は、なぜ「事務と記録」から始めるのか?
医療・介護事業の生成AI活用は、誤りが出ても確定や送信の前に人が確認でき、結果が直接、本人の健康や生活に及ばない「事務と記録」の業務から始めると安全です。 生成AIは、文章を読み、探し、要約し、書き直す作業が得意な一方で、もっともらしい誤りを含むことがあるためです(誤りへの対策は生成AIのハルシネーションを参照)。
医療・介護の事業所には、次のような情報と書類が、患者・利用者ごとに積み上がります。
- 記録(診療や看護、介護の経過の記録、日々の様子のメモ)
- 申し送り、カンファレンス(多職種の検討会)の資料
- 予約・面会・送迎の調整、ご本人やご家族からの問い合わせ
- 請求に関わる書類と、その点検
- 各種の案内文、同意書や説明資料
- 院内・事業所内のマニュアル、規程、研修資料
これらは、紙・電子カルテや記録システム・メール・複数の書式に散らばりやすく、「書く時間が足りない」「探しても見つからない」「同じ説明を何度も繰り返す」という負担になりがちです。ここをAIで軽くするのが出発点です。
一方、診断、治療やケアの方針、本人への説明と同意の取得は、本人の健康と生活に直結し、資格を持つ専門職の責任が伴う領域です。ここは、専門職の判断が担う領域として切り分けます。
| 領域 | 生成AIとの相性 | 理由 |
|---|---|---|
| 記録の下書き・要約、案内文の下書き、マニュアルの検索 | 向く | 誤りを確定・送信の前に人が確認でき、判断は人に残る |
| 問い合わせへの一次回答案、よくある質問の整理 | 向く | 根拠の資料に基づく回答案で、人が確認して使える |
| 診断、治療・ケアの方針の判断 | 任せない | 資格と責任が必要な領域で、誤りの影響が大きい |
| 本人・ご家族への説明と同意の取得 | 任せない | 対話と信頼が必要で、専門職が直接行う |
医療・介護事業のAI活用、7つのユースケースは?
医療・介護事業のAI活用は、「記録の下書き」「申し送り・カンファレンス資料」「問い合わせ・予約対応」「請求前の点検補助」「案内文・説明資料」「マニュアル・規程の検索」「職員の研修」の7つの領域に整理できます。 どれも情報や書類を扱う事務の業務で、人が確認して使う前提です。
| # | 領域 | AIに任せやすいこと | 人が見るところ |
|---|---|---|---|
| 1 | 記録の下書き | 職員のメモや聞き取りからの記録の下書き、書式への整形 | 事実との一致、記録の確定、機微な内容の扱い |
| 2 | 申し送り・カンファレンス資料 | 経過の記録の要約、検討したい論点の整理 | 内容の正確さ、方針の判断 |
| 3 | 問い合わせ・予約対応 | よくある質問への回答案、予約・面会の連絡文の下書き | 症状や状態に関わる相談、最新の空き状況や条件 |
| 4 | 請求前の点検補助 | 記載漏れや項目の不一致の洗い出し、過去の書類との差分の整理 | 請求内容の正確さ、算定の可否の判断 |
| 5 | 案内文・説明資料 | 利用の案内、持ち物や手順の説明文の下書き、わかりやすい言葉への書き直し | 内容の正確さ、本人への説明と同意 |
| 6 | マニュアル・規程の検索 | 院内・事業所内の手順や規程の検索と要約 | 根拠の原典の確認、最新の版との整合 |
| 7 | 職員の研修 | 研修資料・確認テストの下書き、よくある質問の整理 | 内容の正確さ、実地での指導 |
1. 記録の下書き:メモから書式に整える
日々の記録は、件数が多く、書く時間が職員の負担になりやすいため、最初の候補になりやすいユースケースです。 職員が残したメモや聞き取りの内容から、記録の下書きを作り、書式に整える作業をAIで軽くできます。
ただし、AIが聞き取りやメモにない内容を補ってしまうと、事実と異なる記録になります。 「渡した情報にない内容は書かない」ルールを決め、記録の責任者が内容を確認してから確定します。確認した人と日時を残す運用にします。
2. 申し送り・カンファレンス資料:経過の要約と論点の整理
申し送りや多職種のカンファレンスでは、経過の記録を読み込んで要点をまとめる作業に時間がかかります。 記録の要約と、検討したい論点の整理をAIで下書きすれば、準備の時間が減ります。
ただし、要約は元の記録とずれることがあるため、根拠の記録へ戻れる形にします。 方針の判断は、カンファレンスで専門職が行います。
3. 問い合わせ・予約対応:回答案と連絡文の下書き
電話や窓口、問い合わせフォームには、診療や利用の時間、持ち物、予約の変更方法のような定型の質問が多く含まれます。 社内の資料に基づく回答案をAIが作り、職員が確認して返す形にすれば、一次対応の時間が減ります。社内の資料に基づいて答える仕組み(RAG)が基本で、考え方は社内問い合わせ対応はAIで自動化できる?と共通です。
一方、症状や体調に関わる相談、最新の空き状況に関わる回答は、人が確認して答えます。 AIが答えられないときや、緊急が疑われるときは、すぐに人へ引き継ぐ設計が必要です(AIエージェントから人へどう引き継ぐ?を参照)。
4. 請求前の点検補助:記載漏れと不一致の洗い出し
請求に関わる書類は、項目が多く、記載漏れや不一致があると手戻りが大きいため、「見落としを減らす補助」としてAIが役立ちます。 記載漏れ、項目間の不一致、過去の書類との差分を洗い出して、担当者の確認材料にします。
ただし、請求内容の正確さの確認と、算定してよいかの判断は人が行います。 制度のルールは改定されるため、AIが参照する資料は最新の版にそろえ、判断は制度に詳しい担当者が持ちます。
5. 案内文・説明資料:わかりやすい言葉への書き直し
利用の案内、検査や手続きの手順、持ち物の説明などの文書は、専門用語を平易な言葉に書き直す作業に向いています。 確定した内容を渡し、読みやすい案内文の下書きを作ります。
ただし、内容の正確さの確認と、本人への説明と同意の取得は、専門職が行います。 AIが作った文章を、確認なしに配布する運用にはしません。
6. マニュアル・規程の検索:手順を自然な言葉で探す
院内・事業所内の手順書、感染対策や安全管理の規程、各種のルールを自然な言葉で探せるようにすると、「どこに書いてあったか」を探す時間が減ります。 新しい職員が先輩に聞く回数が減り、教える側の負担も軽くなります。
AIが答えるのは、探した資料の要点です。根拠の資料を必ず示し、職員が原典を確認できるようにします。 手順書やノウハウを整備する進め方はマニュアル・手順書作成のAI活用、精度を上げる実務はRAGの精度が上がらないのはなぜ?をご覧ください。
7. 職員の研修:資料と確認テストの下書き
研修資料や確認テストの下書き、よくある質問の整理は、教える側の準備の時間を減らせます。 新しく入った職員向けの資料を、事業所のルールに合わせて作る使い方です。
ただし、内容の正確さの確認と、実地での指導は人が行います。 企業の研修全般の設計は企業の生成AI研修は何をやるべき?も参考になります。
医療・介護事業で、AIに任せてはいけない判断とは?
診断、治療やケアの方針、本人・ご家族への説明と同意の取得、緊急時の対応の判断のように、本人の健康と生活に直結し、取り消しが難しい判断は、AIに任せず専門職が持ちます。 AIは、もっともらしい文章を作れるため、誤った内容でも自然に読めてしまうことがあります。
| 区分 | 例 | AIの関わり方 |
|---|---|---|
| 任せやすい | 記録の下書き、案内文の下書き、マニュアルの検索・要約 | AIが加工・整理し、人が確定・配布の前に確認する |
| 材料づくり | 経過の要約、論点の整理、請求書類の記載漏れの洗い出し | AIが材料を示し、人が根拠を確認して判断する |
| 任せない | 診断、治療・ケアの方針、説明と同意、緊急時の判断 | 専門職が決める。AIは判断の材料の提供にとどめる |
線引きを運用に落とすために、次の3点を決めます。
- 根拠の表示:AIが挙げた要約や回答案には、元の記録や規程へのリンクを付け、人が原典を確認できるようにする
- 承認者の明確化:AIが作った下書きや回答案を、誰が確認し、誰が確定・送信するかを業務ごとに決める
- 判断の記録:人がAIの提案をどう受け取り、何を変えたかを記録に残す(監査ログ・証跡管理の考え方が使えます)
AIの出力の質を測る方法は生成AIの評価(Evals)をご覧ください。
患者・利用者の情報は、どう守る?
患者・利用者の情報には、病歴や診療・介護の内容など、個人情報の保護に関する法律で「要配慮個人情報」に当たりうるものが含まれるため、「AIに何を渡すか」「どこで処理されるか」「誰が見られるか」を先に決めます。 入力した内容が外部のサービスで保存されるか、AIの学習に使われるかも、利用するサービスの契約や設定で確認が必要です。
- 渡す情報の範囲を絞る:業務に必要な部分だけを渡し、関係のない人の情報は含めない。氏名などを置き換えてから渡す方法も検討する
- 機密の区分を決める:外部サービスに出してよい情報と、自社の環境に留める情報を分ける
- 権限を分ける:検索結果として見せられる情報を、利用者の権限(部署、担当、職種)に合わせる
- 法令・ガイドライン・契約を確認する:医療情報を扱う場合は、国の定める医療情報システムの安全管理に関するガイドラインなど、適用されるルールがあります。最新の版を、自社の情報システムの担当者や専門家と確認する
- 自社環境での運用も検討する:機微な情報を扱う場合は、外部に出さず自社の環境で動かす構成を選ぶ(生成AIを自社環境で動かすには?、ローカルLLMとは)
守り方の全体像は企業の生成AI活用、セキュリティはどう担保する?、社内のルールのつくり方は生成AIの社内ガイドラインをご覧ください。
具体例:記録の下書きづくりの工数を試算すると?
記録のように、職員ごと・日ごとに繰り返す作業は、人数と1日あたりの時間を仮に置いて見積もると、AI活用の優先度を判断しやすくなります(以下はすべて説明用の仮の数値です。実際の時間や削減効果は、記録の形式、メモの残し方、確認の体制によって大きく変わります)。
ある介護事業所で、記録を書く職員が仮に20名、1人あたり1日に仮に40分を記録に使っているとします。月に仮に22日勤務するとして、現在の工数は次のとおりです。
- 40分 × 20名 × 22日 = 17,600分 = 約月293時間
ここを、AIを使った流れに変えます。職員のメモや聞き取りの内容から記録の下書きをAIが作り、職員が事実と照合して直します。
- 下書きの確認と修正:1人あたり1日に仮に25分
- 25分 × 20名 × 22日 = 11,000分 = 約月183時間
この仮の試算では、月に約110時間が減り、書く時間が「確認して直す時間」に置き換わります。 浮いた時間は、利用者と向き合う時間や、職員の休憩・残業の削減に回せます。
ただし、この試算は「メモや聞き取りの内容が、AIが読める形で残る」前提です。メモが残らない運用のままだと、AIに渡す材料がありません。また、事実と照合する時間は減らす対象にしないのが原則です。削減できる時間は、御社の業務の実態にもとづいて置き換えてください。
医療・介護事業のAI活用は、どう小さく始める?
始め方は、全部署・全業務に一度に広げるのではなく、「業務を1つ選び、現場で使ってもらう」ことを小さく試して広げることです。 次の流れで進めます。
- 1つの業務に絞る:件数が多く、書く・探す・答える時間が負担で、誤りを確定・送信の前に人が確認できる事務の業務を選ぶ(選び方はAI活用のユースケースはどう優先順位をつける?、棚卸しの考え方はAI導入に業務棚卸しは必要?を参照)
- 資料とデータの状態を確認する:対象の情報が電子化されているか、どのシステムに入っているか、機密の区分はどうかを確かめる
- 小さく試す:1つの部署や1つの事業所で、実際の業務を使って試す。現場の人に使ってもらい、使いにくい点を拾う
- 精度と確認の手順を決める:AIの出力が実務で使える質かを測り、誰が何を確認するかを決める
- 広げる範囲を決める:効果が確認できたら、隣の部署や業務に広げる。定着のさせ方はAIツールを導入したのに使われないを参照
専任のIT担当がいない場合の進め方は中小企業の生成AI導入、資料やデータを整える作業はAI活用のためのデータ整備もご覧ください。
医療・介護事業のAI活用は、DeploAIのFDEでどう進める?
FDE(Forward Deployed Engineer/フォワードデプロイドエンジニア)は、事業と業務を理解したエンジニアが現場に入り込み、御社の実際の業務フロー・システム・権限に合わせてAIを組み込み、社内に残す形で支援するサービスです。
医療・介護事業のAI活用でつまずきやすいのは、「AIツールで試したが、自社の記録システムや書式に合わず、使われない」「患者・利用者の情報の扱いが決まらず、試す段階から進まない」「出力の確認の手間が減らず、効果が見えない」という状態です。FDE は、この溝を埋めます(FDE の全体像はFDEとはを参照)。
- 対象の業務と既存のシステム・書類を確認し、どの業務から整えるかを一緒に絞る
- 下書きや検索の仕組みを、御社の書式や用語に合わせて作り、根拠の表示と人の確認を組み込む
- 機密の区分と権限を設計し、専門職が最終判断する運用を仕組みとして残す
- 出力の質を測る評価のしくみ(evals)と運用を作り、定着支援・改善まで伴走する
サービスの工程には、現状診断、プロトタイプ作成、ツール連携、評価のしくみの構築、定着支援・改善、内製化スキル移管が含まれます。進め方はサービス内容、費用は料金をご覧ください。近い業務の例はユースケース紹介でも確認できます。
まとめ
- 医療・介護事業の生成AI活用は、診断や治療・ケアの方針の判断ではなく、記録・問い合わせ・請求前の点検など、事務と記録を読み、探し、整える業務から始める
- ユースケースは記録の下書き・申し送りとカンファレンス資料・問い合わせと予約対応・請求前の点検補助・案内文と説明資料・マニュアルと規程の検索・職員の研修の7領域。最初の候補は、よくある問い合わせへの回答案とマニュアルの検索
- 診断、治療・ケアの方針、説明と同意、緊急時の判断は専門職が持つ。AIの提案には根拠の原典を示し、人が確定・送信の前に確認する
- 患者・利用者の情報は、渡す範囲・処理される場所・権限を先に決める。適用される法令やガイドラインは、最新の版を確認する
- 始め方は、1つの業務に絞り、資料の状態を確認し、小さく試して精度と確認の手順を決めてから広げる
医療・介護事業でのAI活用をご検討の方は、お問い合わせからご相談ください。